1年経ったような、何だか色々あったなと感じる日々です。
病気の身内とは父親のことなのですが、
最近、と言っても体感は遥か昔のように感じますが
やっと病名が分かり、難病であることが判明しました。
やっと、というのは病名が長らく分からなくて…ではなく、
父親が頑なに病院へ行こうとしなかったからです。
私は一応、医療従事者を志した者でして、
この病気かな?だからこの科を受診すれば良いんじゃない?みたいな
あたりは付けられたし助言をしていたので
あとは病院を予約して父親を病院に連れ出すだけって感じでした。
ただ、それだけでも一苦労で、
やっと…と口からこぼれ出るくらい父親の抵抗が凄かったです。
私は大学時代の病院実習で同じ病気の患者さんを見ていたので
予め病状への理解はありました。
しかし母親は理解出来ずにいて
「やる気の問題」みたいな根性論と怒りを日々叩きつけているのが
なんだか、やるせない気持ちです。
母親が喪中で実家に戻っていたとき
私が父親の介護をしていたのですが、
まあ実際に介護をする立場になると
イライラしますけどね(笑)
ただ、根性論を突きつけても
意味が無いことを理解しているので、
母親がいつも言っているような
「どうして出来ないの」とか「やれ」とかは
言う気にはなれなかったです。
だって、病気だから出来ないわけで。
言っても意味ないんですよ。
病気だと割り切って冷静に過ごしていました。
しかし、父親の私物を処分するよう言われて
葉書の束を渡されたのですが、
その葉書を眺めていたら感情が溢れてきて
父親に対して何かしら感情を抱いていたのかなと
気付かされました。
葉書の束は私が生まれる前の日付で、
会社の異動のお知らせでした。
父親が勤めていた会社は
会社名くらいしか知らなかったので、
会社の住所と昔住んでいた住所を検索して
徒歩圏内なのが羨ましくなったり。
私が今勤めている企業と
父親が勤めていた企業をChatGPTで比較して
越えられない壁を勝手に感じたり。
父親の足跡に少し触れただけで
涙が止まらなくなりました。
亡くなった祖母に想いを馳せることが無いどころか、
病気の父親を想う機会も無かったんだなと。
蓋していた感情が溢れてきました。
祖母よりも父親よりも、
今は祖母の遺品整理もままならないまま
父親の身辺整理をしている母親が
心配でならないからです。
心身ともに疲弊している母親を追い詰めないように
美味しいものを探し、取り寄せるのが
今の私のシークレットミッションです。
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