扉は閉ざされたまま(石持浅海)

2021/05/21

ネタバレあり 小説

扉は閉ざされたまま(石持浅海)

探偵VS犯人

この小説を手に取ったきっかけは、
「クローズドサークル おすすめ」の検索でヒットしたネット記事に
紹介されていて興味を持ったからです。

外部から隔絶されている状況が
クローズド・サークルであると定義するのであれば
セキュリティの高いペンション
という今作の舞台は条件に当てはまるのでしょう。

しかし読んだ感想として、これだけは忠告させてください。
この作品はクローズド・サークル好きにはあまりオススメできません。

この作品は犯人視点で描かれる倒叙ミステリーだからです。

クローズド・サークル好きが何を理由に読むかはその人次第なんですけど、
少なくとも私は「分からない恐怖」を楽しみたくて読んでいます。

身近にいるはずの犯人が誰なのか分からない恐怖。
被害者が増えるかもしれない恐怖。
外部と隔絶されて終わりが見えない恐怖。

今回の「扉は閉ざされたまま」に関しては
序章で犯人の伏見が
被害者の新山をペンション個室の浴槽に沈めて
密室殺人が行われたところから始まります。

したがって犯人は伏見であり、
そして殺人が続く雰囲気はなく、
さらにペンションと言っても
近隣には高級住宅地が広がり電話も使える状態なので、
作中に緊張感はほとんどありません。
恐怖を味わいたい方はそのままの通り、読むと後悔すると思います。

犯人視点の小説といえば2019年10月30日の記事、
「内なる殺人者」という主人公が正気では無かった
例の問題作を思い出してしまうのですが、
「扉は閉ざされたまま」の主人公はとても冷静であり
探偵役と対決する頭脳戦になっていますので
正常な方でも純粋に楽しめる内容になっているかと思います。

探偵VS犯人が「試合に勝って勝負に負けた」
というモヤモヤ感が残る結末だったんですけど、
多分これは犯人目線で読むとそうなるのであって
探偵贔屓で読むとまた別の気持ちが芽生えそうな気がします。

個人的には「犯人の動機は何なのか
に着目して読んでみると面白かったです。

伏見が新山を殺害した動機について分かった瞬間、
今までの伏線と「扉は閉ざされたまま」の小説タイトルとの結びつきに
「成程…」とつい口に出してしまうほど納得してしまいました。

ところどころクスッと笑える部分や、
分かりやすく筋の通ったやり取りと丁寧な伏線解説が、
ミステリー初心者でも読みやすく万人受けしそうな内容でした。

私は18時頃から読み始めて、間に夕飯とTwitter、ゲームを挟んで
さらにページを戻して伏線を確認する時間を入れても
翌日の午前2時過ぎには読み終えていたので、
読みやすいミステリー小説だと思います。

ここから先はネタバレ

序章を読んだ時点で「伏見は実は犯人では無かった」みたいな
最後の大どんでん返しを期待していたんですけど、
伏見は犯人のまま、新山は被害者のまま、碓氷が探偵のままで終わりましたね。

ただ伏見の動機がちゃんと描かれるとは思ってもみなかったので、
納得できる動機を作中の伏線にしのばせ
最終的に突きつけられたときは、びっくりしました。

というのも序章で伏見の犯行とトリックは判明するのですが、
動機がまるっきり分からない状態で物語が始まっており、
「そもそもこの小説、動機を書いてくれるのかな…」
と読んでいてずっと頭の中で不安を抱えていたんです。

事前に読んだ小説のあらすじには
探偵VS犯人の謳い文句が並べられているだけで、
あくまで碓氷が伏見を犯人だと言い当てることが
メインテーマだと踏んでいたからです。

そういうこともあって「名探偵○ナン」の
アニメ1話完結型事件の犯人動機レベルで
取ってつけたような動機を伏見に対しても想像していました。

しかし、伏見が密室殺人を実行してからの
「新山を殺害してから~時間~分が経過していた」とやけに時間を気にする行為、
「扉は、閉ざされたままだ」「扉は、まだ開かれてはいない」の扉に対する執着心、
新山の遺体に誰も近づけさせない誘導、
それら全てが
「新山の遺体を10時間以内に回収されないようにする」へ繋がり、
動機の伏線の多さと根拠に唸ってしまったというわけです。

小説を読んでいない方のために補足をすると、
伏見の犯行動機は「新山の臓器提供の阻止」です。

新山は売春のせいで性感染症にかかってしまったことを伏見は知っています。
治療して完治した今でも新山は売春を止めようとせず
だからといって臓器提供意思表示カードも捨てないということで、
伏見は新山の臓器が他人に渡る前に殺したかったのです。

ただ心臓が止まっても10時間以内なら移植できる臓器があるため、
新山の遺体が回収される時間を遅らせることで
臓器移植を完全に阻止したかった、というのが伏見の狙いです。
つまり伏見は

新山を殺害することではなく
新山の臓器を他人に渡らせないことが目的だった。

伏見としては新山の汚れた臓器が他人の中で生き続けることを
許せなかったのです。

伏見自身が骨髄提供を実際に経験してみて
臓器提供というのは、ただ臓器の機能を提供するのではなく
それ以上の価値があるのだと、
機能以上の感情なり人格なりの意味を見出した―実感してしまったからこその犯行なのだと思いました。

そう考えると新山を殺めることは良くないですけど、
伏見を嫌いになれないですね…
碓氷は伏見を「冷静だけど、とても熱い人」と言っていたのに
作中ではあまり熱さを感じられなかったので、
まさか犯行動機に一番表れていたとは皮肉なものです。

そんな伏見は新山を「浴槽で溺れた事故死」に見せかけますが、
碓氷に殺人を見破られます。
しかし碓氷の推理は伏見だけに披露しており、
そして伏見に対して事故死に見える助言(犯行時のミスの指摘)を与えました。
推理勝負は探偵の勝ちなんですけど、
伏見が捕まらないような配慮を碓氷はしているんですよね。

その後、伏見は碓氷の助言を受け取って証拠隠滅をしたので
それ故に「試合に勝って勝負に負けた」結末となりましたとさ。

碓氷と伏見

小説を読んでいる方は分かると思いますが、
読んでいない方のために
何故、碓氷は伏見を助けたかについても補足しておきます。

私の記事の書き方が悪いんですけど、
碓氷は作中で「優佳」と表記されています。

そう、碓氷は女性。
一方、伏見は男性。
探偵と犯人の関係性だけではなく、
この二人は男女の微妙な仲だったりするのです。

碓氷は伏見が学生だった当時から好意を持っており
学生時代に碓氷が伏見に告白した際、伏見には逃げられているので
今度は推理を材料に伏見と駆け引きしたんじゃないかなと。

そう考えると、探偵VS犯人という表現はなんか微妙ですよね。
終章はバックグラウンドに「かぐや様は告らせたい」の
オープニング主題歌が脳内で流れてましたもん。

推理小説としてはきちんと解決していましたが、
碓氷と伏見のその後の話を読んでみたい気がします。

…と思っていたところ
実は「碓氷優佳シリーズ」として続きが出ているらしく、
その後の伏見の描写もあるとのこと。
シリーズモノならちゃんとタイトルに
「碓氷優佳シリーズ」と書いて欲しかったです。

読む前から続きがあると分かっていたら
もう少し碓氷の心理描写をすくって読んでいたのに、
クローズド・サークル期待のせいで
この小説の読み方を間違えてしまった気がします。

そういえば今回ペンションに集まったメンバーが
大学時代の軽音楽部の集まりだったのに作中では軽音楽要素が皆無だったので、
次回以降は軽音楽要素が出るのでしょうか。

ああ…碓氷と伏見の続きが気になります…

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