隻眼の少女(麻耶雄嵩)
隻眼の探偵と死ぬために初雪を待つ青年
麻耶雄嵩先生第三弾の感想記事です。
麻耶作品の中では読みやすいと評されている「隻眼の少女」ですが、
確かに今まで読んだ中では読みやすいです。
けれども、推理の難易度としては高く、
予想外の展開と予想外の犯人に
さすがは麻耶作品、と今回も評さずにはいられませんでした。
「隻眼の少女」の特徴としては、まず登場人物が多いこと。
タイトルをめくると一気に22人の名前が出てきて
人物を把握するために時間がかかったんですけど、
読んでいくうちに何となく分かってくるので
「登場人物が覚えられなくて」みたいな煩わしさはありませんでした。
半分以上は琴折家の人物ですからね。
もう1つの特徴としては目次に記載してある通り
第一部が1985年の話、第二部が2003年の話、と
2つの時間軸から構成されていることです。
つまり、1985年で話が終わらないということです。
18年後という意味深な月日がどうカラクリとして発動するのか、
読む前から既に妄想を膨らましてくれます。
物語の主人公であり語り手でもある種田静馬は、
第一部の時点で大学4年生。
静馬は母親が父親によって殺害されたことを知ってしまい、
父親を階段から突き落とし、幸いにも事故として処理されますが、
自分は父親の血を受け継いだ殺人犯だと愕然とし、
昔話に準じて初雪とともに龍ノ淵に身を投じようと決意します。
そう、隻眼の少女、御陵みかげに出会うまでは―
村の名家である琴折家の事件に介入することになった、
御陵みかげと助手見習いの種田静馬は果たして見事事件を解決できるのか、
というあらすじです。
読み終わって本を閉じたあとの私の反応については、
(´-`)ニヤアって感じです。
麻耶先生の作品って、こういうオチできるんだ?!
という感想を抱きました。
ここから先はネタバレ
犯人が本当に分からなかったです。
真犯人が第二部ラストで明らかになるんですけど、
それこそ「螢」を読んだ時の
諫早の遺体発見描写と同じ衝撃を受けました。
私が予想した真犯人は
御陵みかげの父親、山科恭一でした。
作中で琴折伸生と菜穂が不倫の仲だと発覚するわけですが、
伸生の妻のスガル様(比菜子)はそれを知って憔悴しているところを
山科は見つけ、徐々にスガル様への恋愛感情を持ったのでしょう。
スガル様の跡継ぎ候補になる伸生の娘を全て殺し、
いずれは山科との娘をスガル様にさせ、
山科自身は実権を握って伸生に復讐する
みたいな動機を考えていました。
第一部の後半では、
秋菜の遺体の直後に山科の遺体も発見されます。
スガル様は秋菜殺害時の山科の犯行をたまたま目撃してしまい、
娘(春菜、夏菜、秋菜)の殺人犯が山科だと悟り、
山科を殺して土に埋めた―と。
だから山科の殺害方法だけ違っていたと考えれば理由がつきます。
第一部ラストでは、スガル様が全て罪を告白して御社に火をつけ
青酸を飲んで自殺します。
さすがにスガル様の体力で首を切断する方法を
やってのけるのは難しいと思うんですよね。
なのであくまで首切断死体は山科の犯行なのだと考えます。
スガル様は山科との仲を詮索されないように
全て罪を被ることにしたんじゃないかなという推測です。
第二部で御陵みかげが父親の罪を告白することに期待をかけました。
ところが。
第二部の始めで、第二部時間軸の半年前に
御陵みかげが亡くなったことが報じられます。
御陵みかげの娘の御陵みかげ(御陵みかげは世襲制なので)と
第一部のあとに自殺未遂をしてしばらく記憶を失っていたところを
つい最近記憶を取り戻したばかりの日高三郎(=種田静馬)が出会い、
またしても起こる琴折家の事件に挑むのが第二部のお話です。
文字量が多くて分かりづらいですが、
つまり、第一部の犯人当てを間違えたので
御陵みかげの娘と静馬がリベンジする話が第二部の内容です。
その後、第一部の春奈、夏奈、秋菜の首切断死体と
第二部の雪奈、月奈の首切断死体は
同じ手口であり、同一犯である見方が濃厚となり
第一部で亡くなってしまった山科が犯人ではなかったことが確定したので、
私の推理は見事外れました。
良い線いってたと思うんですけどね。
もう、分からん。
誰が犯人なんだ。
第二部時点で行方不明になっている岩倉辰彦くらいしかいないんじゃないか。
そのまま第二部を読み進めて、花奈が殺害されたと思いきや。
2人の御陵みかげが登場。
御陵みかげは生きていた。
犯人の真の狙いは種田静馬。
御陵みかげの娘の父親は種田静馬。
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
どんでん返しいただきました!!!
探偵は御陵みかげの娘、ただ1人
「星降り山荘の殺人」と似たパターンですかね。
第一部の春奈、夏奈、秋奈、山科と
第二部の雪奈、月奈を殺害したのは、
第一部の探偵役、御陵みかげでした。
「御陵みかげ」が多くてややこしいので、
今更ですが定義させてください。
第一部に静馬と組んだ御陵みかげを「2代目御陵みかげ」、
第二部に静馬と組んだ御陵みかげを「3代目御陵みかげ」、
山科の妻であり2代目御陵みかげの母親を「1代目御陵みかげ」とします。
犯人は2代目御陵みかげ、
探偵は3代目御陵みかげということになります。
つまり第一部では物語上での探偵が不在なのです。
2代目御陵みかげは、さも琴折家の事件に巻き込まれたふうに
第一部では父親(山科)を殺害し、
第二部では3代目御陵みかげの父親(種田静馬)を殺害しようとします。
父親を殺すこと、御陵みかげに父親は不要なのだという主張が
2代目御陵みかげの犯行動機であり、
琴折家の人間を殺害したのは、
犯人を琴折家に向けさせる理由しか無かったのです。
「そんなの納得いかない」という考察サイトを見かけましたが
私は納得しています。
山科だけ殺害した場合は、常に一緒にいた2代目御陵みかげに
どうしても疑いが向きますけど、
琴折家を巻き込んだ場合は容疑者が格段に増えますからね。
2代目御陵みかげよりも怪しい容疑者を出せば
自分を犯人対象から逸らすことができます。
「探偵だから迷宮入りはできない(=納得できる犯人を出さないといけない)」
というのが1つのポイントかと思います。
せっかく「履物のルールでスガル様の履物がない(p100)」とか
メモを取っていたんですけど、
証拠という証拠は大体は2代目御陵みかげが登、比菜子、和生を
スケープゴートにするために作り上げたモノなので、
あまり意味が無かったような気がします。
1代目御陵みかげに心酔していた山科は
1代目御陵みかげが隻眼であったことから
幼い2代目御陵みかげにも隻眼を強要して片目を潰していました。
幼いながらも記憶として残っていた2代目御陵みかげは
父親の山科に恨みを持っており
山科を片付けられ、さらに自身が探偵として華々しいデビューを飾れるとして、
犯行現場に琴折家を選んだわけです。
父親不要論を持っている2代目御陵みかげが
何故、静馬と関係を持って子ども(3代目御陵みかげ)を作ったかと言うと、
静馬が自殺願望者だと気付いたためです。
後継者は欲しいが父親は不要。
2代目御陵みかげの静馬への感情表現は演技だと言っています。
ですので、静馬と2代目御陵みかげの再会シーンで
「自殺しなかったのね」と言葉を投げかけられて
再会を喜ぶ静馬をどん底に落としたのが
見ていられないほどに胸が苦しかったです。
お父様と呼んでいいですか→いや、駄目だ
「隻眼の少女」は、それでも救いのあるエンディングを
迎えていると思います。
3代目御陵みかげと種田静馬の第二部エピローグ。
本当の家族を手に入れようとする2人に
涙が混ざった笑いを誘ってくれます。
本編では、歪な家族を見せつけられていただけに、
最後に希望の見える家族の形を描いてくれて
予想以上のハッピーエンドに私も嬉しいです。
岩倉辰彦という影
このあたりで感想を終えようとしたんですけど、
結局、岩倉辰彦って何だったんだろうと胸がざわつくので
少し考察したいと思います。
岩倉は療養のために琴折家に滞在していた外部の者で、
第一部では琴折家にまつわる伝説を調べていて
2代目御陵みかげ達に助言を与え、
味方となってくれた人物です。
岩倉に関して特に引っかかっているのが、
2代目御陵みかげがスガル様と対峙する前に、
岩倉と2人で話をさせて欲しいと
2代目御陵みかげは静馬に席を外すよう求めたことです。
第一部時点で岩倉は純粋に味方という認識でしたが、
元凶は2代目御陵みかげと判明した瞬間から
琴折家の伝説を利用した形でスガル様を追い詰めたことになりますので、
岩倉は犯罪のアドバイスを与える
ある意味での「共犯者」となってしまいます。
3代目御陵みかげの話を信じるなら
岩倉は第一部のあとに大学を復学するものの病気を理由に2年で退学し、
4年ほど実家で過ごしたのち家を出て行方不明となっています。
この行方が分からない人物こそが、真犯人なのではないかと
第二部では読者を悩ませる存在になるのですが、
最後まで彼の安否は不明のまま終わりました。
私が思うに、岩倉は既に亡くなっているんじゃないかなと思います。
話が随分と逸れるんですけど、
岩倉の名前は辰彦、この小説の主人公は静馬と、
名前に十二支が入っていたりします。
詳しく調べていませんが、
十二支の相互関係というものの中に
「自刑」という考え方があります。
それに該当する十二支が、辰、午、酉、亥であり、
辰が辰を刑するというように
彼らは自分自身を苦しめてしまうそうです。
(同じ干支同士に出会ったら…という発動条件な気もしますけど)
午である静馬が自殺未遂をしたように
辰である岩倉もまた自身を追いつめたんじゃないかと思うんです。
第一部で2代目御陵みかげと岩倉の2人だけになった時、
真実を明かされたのか気付かせられたのか、
学問を犯罪に利用されたと知った辰彦は勉強に集中できなくなり
大学を辞めて家を出た…みたいな。
あとは、ひょっとすると
2代目御陵みかげは岩倉に病気のことを
あの時に質問したのかもしれません。
今後に影響が出ないか、寿命に影響のある病気なのかを
2代目御陵みかげは確認したかった、とか。
2代目御陵みかげが岩倉を見逃したということは
- 岩倉は共犯者としての業に耐えられず自殺する
- 岩倉は病気でいずれ亡くなる
が分かっていたんじゃないかなと思います。
第二部に共犯者として出ないのであれば
限りなく岩倉の生存は低いんじゃないでしょうか。
麻耶先生の小説は、全て解決する系の推理小説ではないので、
その分かりそうで分からない余白が良かったりするんですよね。
岩倉辰彦という謎は、単なるミスリードだけではなく
様々な想像を起こさせる魅力的な人物だと思います。
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